2021.05.09
年齢と読書
2019年5月に加齢黄斑変性という目の病気で、右目の手術をしてからちょうど2年が過ぎました。あの当時、右目の真ん中の部分に穴があいていた。左目は見えていても、右目が見えないと不思議な現象が起こる。遠くからだと見えていた人の顔が近づくと消えてしまうのだ。表や数字も、よく見ようとすると見えなくなる。右目を閉じてみると見えるのに、両眼で見ようとすると見えない。
おかげさまでこの2年間で、視力はほとんど回復しました。まだ近くのものを見ると歪んでしまうので完全ではないのですが、手術前の状態から考えたら夢のようです。右目が失明しそうになった私が、手術をする半年前から私は猛烈に読書をするようになりました。右目が悪くなるのがよく分かったので、見えるうちに読むべき本を読みたいと思ったからです。
健康も親も視力もそうですが、失うとそのありがたさが身に染みてわかるのです。2018年の12月から読み始めた本が「ローマ人の物語」という本で、文庫版だとなんと43冊の物語でした。3か月ほどでそれを読み終えたとき、私の読書のスイッチが入りました。あれから2年半で336冊読みました。
年を重ねるということは記憶力は衰えますが、理解力はあまり衰えないようです。かえって今までの経験や学習の成果なのか、以前だったら途中で放り出していた本も読めるようになっていることに気づきました。そして今までを振り返って反省していることがあります。
まず、「若い時にもっと本を読んでおくべきだった」ということです。もっと早くこのことがわかっていたら、自分の行動は違っていたと思うことが結構あります。そして「今までの時間を無駄にしていた」とういことを痛切に感じます。読もうと思う本を読む時間が取れないまま日にちは過ぎていきます。時間が無限にあると思って浪費していたなぁって思います。
私は今66歳ですから、たとえあと20年間毎年200冊ずつ読んだとしても、あと4000冊しか読むことができません。立命館アジア太平洋大学学長の出口治明氏は、1万冊の本を読み、世界1200の都市に訪れたそうです。今までの日本人の「メシ、風呂、寝る」という生活から脱皮して、「人、旅、読書」にならなくてはという言葉に触発されたのです。
あとどれくらい時間が残されて、いつまで目が見えるのかわかりませんが「死ぬまで読書」です。